思わず友人に勧めたくなる、そんな書店


「「こんな書店は初めて。


書籍が


書籍の上に積み上げられていたり、


難しい本の隣に


漫画があったり……。


本好きの本棚


みたいな空間が広がって、


思わず友人に勧めたくなる」

10月下旬に


松丸本舗に訪れた


三鷹市に住む


30代の女性会社員は


笑顔で話す。」


日経MJ2009年11月8日p.5

日本経済新聞社

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チャンドラポールの街にはこれといった特徴がない


「マラバル洞窟


以外には


──それですら二十マイルも離れていたが──


チャンドラポールの


街には


これといった特徴がない」

E・M・フォースター
『インドへの道』冒頭書き出し

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そりゃあだめだ、あんた、そりゃあだめですよ。


「ごらんなさい、


このシャボテン殺しを!


あんたねえ、


鉢を水のなかにつけたら、


鉢がミズノハナでおおわれてしまいますよ。


土が酸性になっちゃいますよ。


そりゃあだめだ、


あんた、


そりゃあだめですよ。」

カレル・チャペック
『園芸家12ヶ月』(小松太郎訳)中公文庫 1975 p.130

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ボブ・マーリー, 『Chances Are 』これは渋い!


ボブ・マーリー,
『Chances Are』

「これは渋い!


なにしろボブの


世界デビュー前のコレクションです。


ボブをある程度


聴きこんでからじゃないと、


このCDには手を出さないのでは。


さすがです。」

監修ハロルド作石&月刊少年マガジン編集部
『BECK MUSIC GUIDE』講談社 2005 p.25

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「トレンチタウン・ロック」にこんな一節があります


「ボブ・マーリーの


「トレンチタウン・ロック」


という曲に、


こんな一節があります。


「音楽のいいところは、


打たれても


痛みを感じない


ってことだ」


まさにそのとおりで、


どんなに激しい音楽も、


決して


人を傷つけることはありません。


むしろ、


生きていれば


誰もが感じずにはいられない


さまざまな痛みや苦しみを


和らげてくれたり、


勇気を与えてくれたりすることのほうが


ずっと多いのです。」

監修ハロルド作石&月刊少年マガジン編集部
『BECK MUSIC GUIDE』講談社 2005 p.306

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ビートルズは、ジャンルを開拓するイノベーター


「…ビートルズは


60年代の音楽シーンを先導し、


新たなジャンルを開拓する


ミュージック・イノベーターで


あり続けた。


アルバム『ラバー・ソウル』は


フォーク・ロックの、


『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は


サイケデリック・ロックの草分けであり、


各ジャンルを代表する


アルバムとなっている。


また、


のちにロックのメインストリームとなる


ハード・ロックの最初の楽曲として、


「ヘルター・スケルター」(『ホワイト・アルバム』所収)


をあげる人もすくなくない。」

監修ハロルド作石&月刊少年マガジン編集部
『BECK MUSIC GUIDE』講談社 2005 p.48-49

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少年はアメリカの奔放な音楽に魅せられていた


「ふたりの少年は、


アメリカのラジオ局から


流れてくる


その奔放な音楽に


魅せられていた。


特に


ニューオーリンズの放送局は、


レイ・チャールズ、


ファッツ・ドミノ、


カーティス・メイフィールド、


ブルック・ベントン


といった


最新の曲を送り込んでいた。


そしてまた、


ボブとバニーは、


ジャマイカでも特にポピュラーな


ドリフターズのような


黒人ヴォーカル・グループにも


注目した。」

ロブ・パートリッジ(山本緑訳)
Bob Marley“Songs of Freedom”解説 p.10

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あまりにも耳をかたむけなければならぬことが多い


「しかしだんだんと


日本の國が大きくなり、


外へ出ていく人、


外から入つてくる者が


ひじやうに多く、


もうこの太平洋戦争よりも


ずつと前から村で話になる事件は


何十倍、何百倍といふほども増加し、


話の種類もすつかりちがつてきてゐる。


今ではあまりにも


耳をかたむけなければならぬことが多いために、


かへつて注意もせずに過ぎていくことが、


いくらでもあるやうになつたのである。」

柳田國男「なぞとことわざ」
『定本柳田國男集』第二十一巻 筑摩書房 昭和45 p.71-72

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シテ方、ワキ方、狂言方、囃方そのすべてを能役者


「能舞台は


ふつう六メートル四方の


本舞台の四隅に


柱を立てて屋根を懸け、


これにアト座・地謡座・橋掛りを付けた構造だ。


この上にシテ方(シテ、シテツレ、子方、地謡)、


ワキ方(ワキ、ワキツレ)、


狂言方(アイ)、


囃方(笛、小鼓、大鼓、太鼓)などが出て、


能を演ずる。


広義にはそのすべてを能役者というが、


狭義にいう能役者は


シテ方、ワキ方だ


(狂言方は狂言師という方が通りがよい。)」

高岡一弥・高橋睦郎・森田拾史郎
『能』ピエ・ブックス p.83 2004

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その目を世阿弥は「離見の見」という言葉で表現。


「…老境に達した世阿弥は


「花と、面白きと、珍しきと、


これ三つは同じ心なり」


とも言っている。


ここでは、アウラは


演者から発出するものというより、


観客に感受されるもの


として捉えられている。


つまり、


よい能を最終的に実現するのは


よい観客であり、


よい観客によい能を


実現させることのできる演者が


よい演者ということになろう。


そのためには演者は


演者であると同時に、


観客として


自分の演技を見る目を


持たなければならない。


その目を世阿弥は


「離見の見」


という驚くべき言葉で


表現している。」

高岡一弥・高橋睦郎・森田拾史郎『能』ピエ・ブックス p.87 2004

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«一生を通じてぼくは見てきた。〜マルドロールの歌〜